日本色彩研究所 常務理事 赤木重文氏
塗料の調整力を現場で発揮 “扱い方”が問われる材料
私が日常的な業務を通して感じる、色材としての塗料が持つ優れる点は、色の調整力である。色彩決定の際にそれは顕著に現れる。
2014年度から2015年度に東京都の隅田川中流部に架かる5つの著名橋(白髭橋、吾妻橋、駒形橋、厩橋、蔵前橋)の色彩検討が東京都建設局によって実施された。この検討は委員会方式で進められたが、色彩研究所はコンサルとして参加し、対象橋梁の塗装履歴調査や周辺環境色実態調査を経て、色彩コンセプト案や色彩検討案を作成した。委員会ではこの原案について様々な側面から検討を重ね、色彩設計基本方針及び景観性に優れた橋梁色を決定した。本検討では、各橋梁で推奨される色の系統と現状よりも彩度を抑え周辺景観との融和性に配慮するという方向性を導いた。
既に施工が実施されている蔵前橋を例にとると、主構造部分の色は、これまでよりも彩度を落とした黄色系を採用。塗り分けや塗装色の暫定案を選定し、最終的な色は施工現場で大判の塗り板を確認することにより決定した。大判の塗り板は、色相、明度、彩度が少しずつ異なる数色を用意し、委員会メンバーや関係者が現場を訪れ、周辺環境色との関係や対象構造物の大きさに近い塗り板の印象などを確認した。現場で塗装色を確認するというこの工程は、大規模構造物の色彩決定においては、色相、明度、彩度の微調整が重要であることを教えてくれる。
この微妙な色調整を可能にする塗料の特性は、調色が容易にできる色材として塗料の優れた特性といえるだろう。先ほど、周辺環境と調和の取れた色彩を目指したと話をしたが、ある環境に新たな色を持ち込むとき、設計者が思い描いていた色と実際に調和が実現する色との間に差異が生じたとき、その落差を塗料という材料が埋めてくれる。
一方で、塗料は使う人の倫理観を問われる材料だともいえる。塗料は調色により無限の色を引き出すことができるが、この特性からか、例えば塗り替え時期を迎えた住宅開発地区などで、とんでもなく自己主張の強い外壁色が出現する事例を見かけることがある。使う人の景観的配慮の欠如が生み出す騒色である。
色を使う人といえば、数年前塗装の職人さんを対象に色の勉強会を行ったことがある。非常に熱心で楽しい勉強会であったが、ある職人さんから「現場で色のことを聞かれるが、深い知識がなく施主さんが要望していたような答えが出せなかった」という話を聞いた。塗装技術だけではなく色彩に関する様々な知識を蓄積することにより、色彩を通して多くの人とコミュニケーションが可能となり、社会の潜在的ニーズを汲み上げることにならないだろうか。
景観緑三法が施行されたことにより、日本人の色彩に関する関心は広がったように思えるし、良好な景観形成に色彩を活用していく取り組みも多くみられるようになってきた。塗料に関わる多くの人が色彩についての知識を深め、さらに塗料の景観的な調整力の特性を意識することにより、塗料の役割はさらに拡大するものと思われる。
※本インタビューは2016年10月27日号(4156号)塗料報知新聞社「創立70周年記念特大号」の特別企画です。「塗料・塗装の利点と問題点」を業界の有識者にインタビューしたものです。